大掛かりな清掃イベントがあったのは11月7日のことです。
あれから今日でちょうど20日。
海岸の状況を確かめがてら、奈佐に行ってきました。
結果は・・・
あああ。下の画像をご覧下さい
漂着するナイロン袋
そしてペットボトル
何故かカップ麺の容器まで
まあ、予想はしていたとはいえ、
浜は無残にもごみだらけでした
これからも時々、奈佐の浜の漂着ごみの状態を
報告していこうと思います。
このブログを見て下さっているみなさんといっしょに
どうしたら改善できるか、考えていきたいと思っています。
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こちら山側でも同じくでして、数ヶ月前に峠あたりのクリーン作戦を行ったときのことです。
谷底や崖になっている場所など木が生えて地面が見えにくいことをいいことに、次々と捨てられていたのでしょう・・・山積みのタイヤ、洗濯機など家電製品、ベッドのマットレスといったとても手作業だけでは片付けられない物がたくさんありました。清掃後のゴミの量は、ダンプ何台にも及ぶ撤去作業となり、目を見張るばかりでした・・・
今から購入する、処分代を含む物はいいかもしれませんが、それまでの処分料を払わなくてはいけない物に関しては、まだまだこのような事態が起きるのでは・・・と思います。どちらにしても、モラルの問題だとは思うのですがね。
ほんとにかなしいことですが、たくさんの人が出て清掃活動をしても、
あっという間に元の木阿弥になってしまうのが奈佐の浜の現状です。
そしていっぱいごみが散らかっている場所ほど、誰もがごみを
捨てやすいんですよね〜。
ちょっと話が脱線するようですが、少し前に新聞で
「賢い主婦はスーパーで手前に並んでいる日付の古い牛乳を買う」という一文を読み、
それがとっても心に沁みました。
なぜなら、私自身がそれまで日付の一番新しいものをわざわざ奥のほうから
取り出して購入していたからです。(自分が非難されたようで「どきん」としました。)
ほんの少し他者を思いやる気持ちがあれば、いろいろな流れがよい方向に変わっていくのかも知れません。ごみのことも含めて。
鈴鹿川の源流を有する関町の子どもたちと河口の子どもたちとの交流を行ったときの浜辺が同じような有様でした。
http://www.manbou-net.com/~sekikids/kids/robinson/sakasitakawa/suzukagawaw/2004/top1.htm
山と海深いつながりがあります。
山から沸き出た水は、やがて川となり海へ・・・。そしてその水は雨となって山に降り注ぐ。
当たり前のようでなかなか、気づかないものです。
ところが、ゴミもまた同じなんですね。
でもゴミは決して山にもどりません。
これも、自分さえよければ・・・という気持ちの表れですかね。
早速「親子でワイワイin伊勢湾」を拝見しました。
素敵なイベントですね!!皆さん、なんともいい表情をされています!!!
そして・・・。ごみ問題はやっぱりどこも同じのようですね。
先日の漂着ごみの撤去作業の時には、野外での昼食の際に使い捨て食器を一切使わず
全て業者からレンタルした食器を使いました。返却する前に軽く水洗いする必要は
あるのですが、そんなのほんのちょっとの手間です。
最近は各種イベント会場でもマイ食器持参のところが増えてきているとのこと
とってもいいことですよね(^^)。私も使い捨て食器の使用をなるべく
(絶対というと挫折しそうだし)控えることから始めてみようと思っています!
まずは自分にできる小さなことから、です(^^)
20年ほど前のことです。事務所の旅行で相差の民宿(実は上司の親戚が経営)へ新鮮な魚を食べに行きました。美味しかった、舟盛のお刺身。朝の魚のあら入りの味噌汁。忘れられません。もう一つ、忘れられないのが・・・怖いもの知らずのいーちゃんは、調子に乗って深酒をし、早朝、船に乗っていざ、釣りに。船に乗る前から酔っていましたので、大丈夫と思いきや・・・。船が沖に出て止まって、さあ釣るぞ!針に餌を付けようとしたそのとたん、うえー。(ごめん)本当にご迷惑をおかけしましたが、テトラポットへ降ろしていただき、約半日、震えながら日向ぼっこ。
申し上げたいのはこれからです。その時、一緒だった先輩が、舟釣りの名人。その人が、糸を海に落とすと、徐にポケットから缶コーヒーを。
人差し指でプルタブを抜き、どうするのかと細目で見ておりましたら、なんとそのプルタブを缶の中へ。そして、ゴクゴクと飲み始めました。何故、そんなことをするのか?これから飲むコーヒーの中へ蓋を入れてしまうなんて。。。不潔。
先輩いわく、これを海に捨ててみろ、海が汚れる
こうして缶の中へ入れてしまえば、ゴミが少なくなる。海の男の常識だ。参った!
そうですよね〜。ごみをその辺に捨てる行為って、割と罪悪意識を持ちにくいこと
なんですよね。自分の家の前にごみを捨てる人はまずいないでしょうが、出先でゴミ箱が
ない時には、目立たないところにそっと捨てちゃうことって、誰にでもあることなのでは
ないでしょうか。地域のクリーン作戦等に参加してごみ問題に関心を持つ人が増えれば、
大衆の意識も変わってくるのかも知れませんね。(行政関係の皆さん、もしこのページを
見ていたらクリーン作戦を増やしてくれませんか?)
いーちゃんさん。
あはは。一気にこの場が和みました。さすが「海の男」は気配りが違いますね〜!
でも気をつけて中身を飲まないと、うっかりプルタブを飲み込んでしまった暁には
医療機関に走ることになってしまいそうです。
ほとんどの缶入り飲料のプルタブが、本体と一体化して本当によかったです(^^)。
そういえば我が家の「海の男」は、この頃副業のタコツボ漁に精を出しているのですが
あまりに小さいタコが中に入っていたので逃がしてやったところ、またそのタコツボに
続けて3回も同じチビが入っていたと怒っていました。次に入っていたら食ってやる、と
息巻いていましたが、「海の男」って不思議とユニークな人が多いですよね(笑)。
わあ!夕べはご馳走だったんですね(^^)。
いーちゃんさん&ウミウシ・親父さんの交友範囲は、なんと国境を越えて
中国まで広がっているご様子!!李さんとご一緒に、また島にもいらしてくださいね♪
「未だにこんな人おるん?」というような人いてますね。
平気でタバコやゴミのポイ捨てする人。もうそろそろそんなモラルの低い人は絶滅寸前だろうと思っていましたが。
しかも中高年に見受けられます。若い人だけじゃない。
そんな姿見てたら子供もマネするわな。
ただ、あまりにも物が簡単に手に入りすぎる事が、利便性をもたらした反面、問題の発端になっているような気もします。
どこへ行っても手軽に安価に買える弁当やお茶。
ちょっと前まで、弁当は弁当箱に詰めて、食べたら弁当箱は持ち帰る。お茶も水筒持参でしたよね。
それが出先でペットボトル入りのお茶を買う。飲んだら捨てる。
弁当、オニギリ簡単に買える。食べたら捨てる。
ゴミだけじゃなく、食べ物の粗末にして結果的にゴミになる。
お母さんや奥さんに手間ひまかけて作ってもらった物だったら、やっぱり大切に食べようとする。
あまりにも安価に手軽に手に入るものだから、残っても手軽に安易に捨ててしまう。そこには愛情がないから。
ゴミのポイ捨てだけでなく、ライフスタイルすのものから考えていかなければならないですね。
ここ何年かの間に鳥羽にもいわゆる百均が二ヶ所も出来ました。
百円だからと、気軽に不必要なものまで買ってしまったり、
いつの間にか文房具類(特にえんぴつや消しゴム)も消耗品だから、
と買い溜めする習慣になっていました。
けれどその結果はすぐに悪い形で現れました。我が家の子どもたちが
見事にものを大切にしなくなっていたのです。気がつくと
「失くしたから新しいのを頂戴」と頻繁に手を出す子どもたちが目の前に
いました。もちろんそれからは買い置きは必要最小限にとどめています。
海写心さんのコメントを拝見して、幼い頃買ってもらった「海のトリトン」の
絵柄のついたお弁当箱のことを思い出しました。大好きだったそのアルミの
お弁当箱は、私がかなり大きくなるまで祖母の家に置いてありました。
今のように密封容器が一般的でなかった頃、保育所では冬はお弁当箱ごと
ごはんを温めてくれたし、作る側も汁が漏れないように、夏は暑さで
傷まないようにと、その内容を工夫してくれていたものです。
海写心さんの言われるように、今の使い捨ての生活はライフスタイル
そのものに問題があるのかも知れません。
海写真さんは大阪湾を再生させようと、さまざまな活動をされています。
詳しくは海写心さんのHP・海への誘い(いざない)↓
http://plaza.rakuten.co.jp/seajosha/ をご覧下さいね(^^)。
惚気る訳ではございませんが、結婚を決めた一つに、
嫁さんと付き合い始めた頃、デートで山歩きに行ったんですね。
その時、弁当箱に弁当詰めて、魔法瓶にお茶、おしぼり入れの筒には、ひらがなで名前が書かれていました。たぶん小学生の頃から使っている物だと思われる。魔法瓶のお茶もって出かける人なんて珍しかった。そして、そのことに感動しました。
素敵な女性を射止めましたね(^^)。
手作りのお弁当に、魔法瓶のお茶。温かい心遣いが伝わってくるようです。
子どもたちがもっと小さい頃には、よくかあちゃん仲間で
子ども服の回しっこをしました。幼児のズボンの膝が
アップリケで補修されていたり、ボタンがひとつだけ違うものがついていたり。
お下がりを繰り返した服のタグには、何人もの記名がありました。
そして我が子たちが小さい頃に着た服を今は別の小さい子どもたちが
着てくれています。育児ってそんなものだけど、そんな日常を大切にしたいです。